「野球だけ」から脱したメリット

マルチスポーツ

彼の発言は今いろいろと話題になっているようだが、過去にも興味深いことを話している。

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今の日本の野球界も、野球のシーズンなんていうものはほぼない。
少年野球の試合数など常軌を逸している。
アホな監督は真冬の富山でも試合をするし、県外へキャンプと称して遠征に行く。
連盟も球数制限を設けて、いろいろ選手寄りに考えているつもりかもしれないが
アップデートできていない指導者や保護者がそのままなので、少年野球の試合をみているとまだまだたくさんいる。
ダブルヘッダーで連投させたり
スケジュールに午前午後で違う大会をいれたり
平日もナイター照明つけて長時間の練習をさせたり
他の競技や習い事を否定したり
子供が嫌がっているのに、平日の夜も自宅で猛練習させる親がいたり
真夏に複数回の遠征スケジュールを組んだり
もう、めちゃくちゃである。
それがどうやら、周りのアホな大人たちは、選手のためになっていると思っているようである。

最近、当クラブの選手の取り組み姿勢と、県内某(私の母校)高校の噂を照らし合わせ、つくづく思う。
間違いなく、「野球だけ」では社会性が育まれない。
野球は『自分が』打った、投げて抑えた。となりやすいスポーツであるし、本人も親も、指導者も暴走しやすい。
何より最悪なのは
日本の場合は野球人生最高の舞台が、まだ未熟な高校生に用意されているということである。
甲子園出場というのは、学校や保護者、教員や監督がよほど自分を律することができる人間でないと、未熟な選手はとんでもない方向に進んでしまう。
どちらもとんでもないと、その後の人生は間違いなく狂う。
私はこういうのを結構見てきた、というより見たくもないものを見てしまった…。
野球というのは、日本では相当しっかりとした教育を施さないと、とんでもない勘違い人間を作りやすいメチャクチャ高度な競技だと思う。
「勘違いしたまま、大人になってるなぁ…」と思わせる高校球児はたくさんいる。
少年野球の指導者にもウジャウジャいる。
控え選手は試合中も立たせたままだが、自分は偉そうに椅子にふんぞり返って、腕組み、怒鳴り散らかす。
ユニフォームや協会の制服を着て試合会場でタバコを吸う大バカ者もまだたくさんいる。


その点、サッカーやラグビー、アメフト、ハンドボール、バスケットボールなどといったチームワークが最優先するコンタクトスポーツは、野球ほど勘違いはしにくいような気がする。
動きは止まらず、常に予測と判断を求められ、常に近くに他人がいて、ぶつかると痛く、ケガが絶えない。 自分勝手な行動は即座にチームから浮いてしまう。
まぐれ当たりの一発大逆転など、まず起きない。
チームワークでの積み重ねが非常に重要とされる。
野球部出身ではあまり聞かないが、ラグビー経験者で大企業の経営者が多いのは決して偶然ではないと思う。
当クラブの選手が野球の試合と練習だけしかしていなかった時期と、現在のように野球以外のスポーツにも取り組んでいる姿や会話など、黙って見聞きしていると成長がすごくよくわかる。
何をさせても下手ではある。相手の立場になって考えた行動をしているなと感じさせる選手が増えてきた。
野球だけのころは、このような現象は全くなかった。
特に中心になるような選手は練習後の片づけなど協力姿勢を見せなかった者が多かったが、野球以外の競技に取り組むことで、そのようなことはなくなった。

海外企業では、採用の際にスポーツ活動やボランティア活動など評価する傾向はあるそうだが
履歴書に一つの競技しか書かなかった場合、「社会性が育まれていない人なんだな」というネガティブな評価をする企業もあるそうだ。(マルチスポーツ文化になじみのない日本人の場合は「一つのこと続かないのかな…」と捉えるかもしれませんが…)

ジュニア期は
家族との時間を優先し、ターゲットスポーツ以外の競技にもたくさん取り組み、スポーツ以外の活動にも積極的に参加することが
人間である以上、絶対に欠かせない能力「社会性」をしっかりと育むべきだと考える。
当クラブは、この点を絶対にブレることなく指導・チーム運営にあたっていく。